アーリーリタイヤ×学生で一歩先へーこめのまの“異世代”地方創生 – https://www.70seeds.jp/

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産地直送のお米販売専門ウェブサイト「Komenoma」。都内の大学生が新潟県魚沼市横根地区で行ったフィールドワークから始まったプロジェクトです。

70seedsでは「Komenoma」に関わる人々やその考えを継続的に発信し、「地域に根差してはたらくこと」や「地方で仕事をつくること」のリアルな姿をお届けします。

前回の記事はこちら。

(前編)「なんで来たの?」から「次いつ来るの?」へ―横根の限界集落が“よそもの”を歓迎してくれるまで

(後編)「何もない」は予防線!?地域の誇りを掘り起こせ!Komenomaがお米に見る可能性

今回ご登場いただくのは、新潟県魚沼市横根の地域おこし協力隊の渡邉泰治さん、Komenomaの創業者の一人であり現役大学院生の高田将吾さん。親子ほど年の離れたお二人にお話を伺いました。

サラリーマン生活にはなかったすがすがしさ。こんな働き方があるんだ

(写真/左・渡邉泰治さん 右・高田将吾さん)

 

まずは、横根地区に関わることになったきっかけを教えてください。

高田:もともとはコミュニティデザイナーの山崎亮さんのように、地域に溶け込んで地域の人と一緒にものをつくるデザイナーになりたいと思っていたんです。僕は木村(木村汐里さん:Komenomaの発起人およびマーケター)と同じ研究室で、2015年の12月に初めて横根に行きました。おじいちゃんたちと話して「自分がやりたかったことが、ここにはある」と強く感じたんです。そこからですね、横根に関わっていくようになったのは。

渡邊さんは、なぜ横根へ?

渡邊:2015年の3月に早期退職して、企業も受けたんですが、面接の最中に「こんなことするなら、会社辞めなくてよかったんじゃないか?」と気づいたんです。そこでとある方から「東京離れてもいいんじゃないかな」と話をされまして。「有楽町の『ふるさと回帰支援センター』っていうところが面白そうだよ」と勧められ、「暇だから行ってみるか」と。

全国の物産が並んでいるイメージだったんですが、実際に行ってみるとオフィスビルだった。帰っちゃおうかと思いつつも回ってみたら、その日ちょうど魚沼市の地域おこし協力隊の説明会をしていたんです。

なんだか運命を感じてしまいます。

渡邊:ただそのとき、応募資格が50歳以下だったんです。でも「僕55歳なんで帰りますわ」って言ったら「せっかくですから」と引きとめてくれました。説明の後、大野さん(大野久美子さん:横根の地域おこし協力隊として活躍)も含めて話をして。

地方の活動に挑戦してみたいのは若い人だけじゃなく、僕らのような世代も多いんです。業績やら重荷やらから解放されて、純粋にそこで役立ってみたいと。そう話すと「渡邊さんは何をされてたんですか?」と聞かれたので、「電通にいてこんなことやってました」と答えたら、速攻で「ぜひうちに来てください」と。「何言ってるんだろう、この人は」って驚きましたよ。最初の出会いは本当に事故のようでこれで終わりましたが、2か月後に「年齢制限を取っ払いました。もう一度説明会やりますので」と連絡をもらい、再び有楽町での再会となりました。

でも、「魚沼といえば米と雪」ぐらいの認識でした。そうしたら、魚沼市にある重要文化財のかやのふき替えを行うプロジェクトがあるので、そのふき替え職人見習いとして1ヶ月間、魚沼市に滞在してみませんかとオファーがあったんです。正直、絶句しました。

予想外の展開、ですね。

渡邊:「定年が近いオッサンにかやぶき職人って……」と思いましたよ。どうせ断られるだろうと。でも地方では、この年齢はまだ若手なんですよ。それで1ヶ月、古民家にテレビなし新聞なし、全食自炊の生活を過ごすことになりました。

渡邊:作業服で過ごすのも初めてでしたし、職人さんたちと話をしたり、汗だくになったりと鮮烈な体験でした。終わったあとには皆さん「お疲れ!」って言いながら帰って行く。あのすがすがしさは、サラリーマン生活にはなかった。棚田が広がって夕焼けが光る雄大な風景を見ながら、「こんな働き方があるんだ、今までは何だったんだろう」と思いました。滞在期間中にいろいろリサーチして、横根の解放感と人の感じが自分に一番合ってるなと感じて、協力隊をやってみようと。だから正直、初めから横根に行こうとは考えてなかったです。

―Komenomaへの参加は、最初からすんなり決まったんですか?

渡邊:米のECサイトと聞いた瞬間は正直、「よくあるパターンだな」と思いました。でも地域と企業がプロジェクトとしてやるには、工夫が要るんです。よく聞くとその工夫があまりないように思えて、ひょっとしたら自分の経験が役に立てるかもしれない。そう提案してみたら「ぜひお願いしたい」となったので、「じゃあやりましょう」と決まりました。

最初は構えてたんですよ、すごい人に取られちゃダメだ!って。

高田:僕らは元電通の人が来るらしいと分かって、「取られちゃダメだ!」なんて構えていましたね(笑)。 僕が渡邊さんと初めてお会いしたのは、昨年11月に青山ファーマーズマーケットへ初出店するとき。実際に会ってみると「なんか思ってた人と違うぞ」と。「地域と君らの潤滑油になるよ」と言ってくれたんです。

渡邊:えー、そんな風に見てたんだ(笑)。正直、彼らはめちゃくちゃ準備不足だった。ほっとけないから、いろいろアドバイスしたくなったんですよ。オヤジのおせっかいですよね。

―30うん年の知見にいきなり助けてもらったと。

高田:そこからは、この人が来てくれて良かったと思うようになりました。僕らはふだん東京で生活をしているため、当初から横根地区にも運営母体を作りたいと思っていたんです。なので、渡邊さんがその役割を担ってくれるようになってから、組織としてかなり強くなれました。

渡邊:30歳も年の差があると、いっぱい穴も見えるわけです。だけど、いちいち言うと「なんか煙たいオヤジだな」と思われますし、これはこれで気使ってるんだよ。

高田:それは感じてました。渡邊さんは答えは知ってるんですけど、それを押しつけてこないんですよね。諭してくれるというか。

渡邊:きっと自分たちの年代はそういう役割なんですよ。「俺が俺が」なんて言ってるやつは、こういうところに来たらダメだと思うな。

お互いに相手の存在が刺激になっているのですね。

高田:生半可な気持ちじゃできなくなりましたね。それまでも生半可ではないですが、やっぱり学生サークルの枠を抜け出せていなかったのかなと。横根に行って会議を開いて……とやっていくうちに、渡邉さんの意見に圧倒されることも多く、もっともっと本気にならなきゃいけないことに気づいたんです。テキトーな考えでいたら渡邉さんから盗めるものも盗めないので、本気で関わろう、学びにいこうという意欲が出てきましたね。

渡邊:なんだか嬉しいですね。でも「若くてこれだけ真面目でスキル持ってるやつらがいるんだ」って感心したんですよ。それに、もし気がつくことがあれば言ったほうがいいんだろうなと思いました。だって、息子・娘たちの世代だもん。

青山ファーマーズマーケットに出店されているとのことですが、実際にどのような課題に直面されましたか?

高田:ECサイトとなると、顧客が見えないですよね。その結果、僕らが顧客に対して持っている仮説を検証することができなくて。どうやったらお客さんに会って、リアルな検証ができるかを考えて、「ファーマーズマーケットへ出店してみよう」となったんです。だから、僕らの意識はどうしても「ユーザー検証をしに来ました」という感じだったんですよ。でも他に出店されている農家さんはそれこそ生活をかけて売りに来ていて、気持ちの部分で負けていました。結果として、当然商品も売れないし、話を聞くことすらできない状況でした。

これじゃダメだと反省して。まずはとにかく売ることに専念して、商品の陳列にもこだわりました。そういった前提条件を整えてから、話を聞こうという方向に切り替えたんです。そしたら、それまでは1日5個売れれば良かったのが30個以上売れるようになってきて、こんなに変わるんだなってことを学びましたね。

渡邊:初めは何をどうするのか、なぜECサイトが青山ファーマーズマーケットに出店するのか定まらずにいる感じでした。そこを指摘して、今では僕はもう外から見ているだけですよ。

経験から学ぶ、まさにOJT。

渡邊:そうかもしれないですね。今は企業でも手間かけて指導する余裕がないから、僕は楽しいです。言われたほうはイヤだと思うけど。

高田:イヤじゃないですよ。イヤじゃないけど、悔しさがあります。

渡邊:PDCAって言いますけど、彼らを見て「この年でよくできてるな」と思います。そこはすごく感心してるんです。

そういう基本的なことは、大学で勉強されてきたんですか?

高田:そうですね。例えばスマートフォンアプリ等では、やろうと思えば、SNSへ広告を出して、ユーザーの反応見てから翌日には文章変えて再度検証と、1日ごとにPDCAを回せますよね。でもお米を始め農業の領域は、生産に関して言えば1年で1サイクルじゃないですか。そうすると、自然とPDCAのスピード感も落ちてしまう。だから、Komenomaを開始するタイミングで、PDCAを1年で何十回も回そうという意識をメンバー間であえて共有しました。1週間のプランを決めて、ファーマーズマーケットで調査をして、結果を持ち帰ってまた新しくプランを立てて進めていったんですよ。だから、早いと言ってもらえるのは嬉しいです。

渡邊:ただ、よく勉強してるから理屈にハマりすぎちゃうんだよね。自分が電通に入ったときも、理屈が先行して思考がスタックした経験がありますから。これはいつか自分が来た道だな、と思いました。

飼いならされている状態を離れ、本当のキャリアを考える

渡邊さんは会社員時代と違った雰囲気で活動されていますが、そこに対してはどうお考えでしょうか。

渡邊:50代後半は会社生活の終わりが見えます。それで、会社を離れたあとに何をして過ごすか考えだすと、けっこう重いんですよ。早期退職を決断するのも大変。「辞めたら自由にできるかも」と思っても、雇われてる安心感は骨の髄までありますから。ストレス抱えても給料は入るし、「ふざけんじゃねー!」って思ってもボーナスは出て、額に一喜一憂する。飼いならされてるんです。これがなくなると考えると、なかなか怖いですよ。

キャリアって、地位や肩書き、資格に本質はないんです。いろんな局面でパッと決断できるかどうかに、全ての経験とノウハウが現れると思っています。これが本当のキャリアと能力なんで、それ以外はあまり関係ない。無形文化財のようなものですよ。

かやぶき見習いの話も「よく行ったな」って驚かれます。でもそれは「この情報を掴んだほうがいい」と思ったからだし、これまでの経験から出てきた判断。だから過去と今で、確かにかたちの上ではギャップがあるけど、全く違うことをやっているという感覚はないですね。

かたちは変わっても、一貫したものがあるということですね。

渡邊:会社だと昇給や昇格があるじゃないですか。でも年を重ねると面白くなくなった。若いときは確かに嬉しいんだけど、今はどうでもいいです。

あと、会社だと組織人なので利益を上げなきゃいけない。関わっている人の人件費やら、最低限以上にいい暮らしをするための人件費やら、とかね。でも今回はそれがない。ひょっとしたら、そういうことじゃない、ビジネス的なスキルを使ったやり方が、1つの生き方としてあるんじゃないのかと。それは結構おもしろいなって思っています。そこが一番違いますよ、なんといっても。

高田:僕は今がファーストキャリアというか、これから目標を見つける立場。一方で渡邊さんは早期退職されたタイミングで入っているのが、なんだか不思議だなと思いました。

渡邊:会社を辞めると本当に残る付き合いは1割ぐらいに減りますが、一方でこんな出会いがある。その点では、人間関係は辞めてからのほうが実りがあります。まだ会社にいたら、高田さんと直接の付き合いはなかったかもしれないよね。でも、ここだとフラットにコミュニケーションできちゃうのでおもしろいです。

地域おこしにはキーマンが必要。中の人でも、よそ者でも

今後の地域活性化については、どんな要素が重要なのでしょうか。

高田:キーマンとなる人が絶対に必要です。それが外から来た人なのか、地元の人なのかは関係ないんじゃないかと思っています。横根では、地域おこし協力隊の2人が地域のキーマンですよね。そして、そのキーマンが絶えず外に自分の地域を発信していくのが不可欠だと思います。

今後の目標は、持続性を高めていくことです。横根は今120人ぐらいで、平均年齢も60歳超えているので、10年20年先はどうなっているか分からない集落ではあるんですよ。そこを単に「元気にする」というだけではフワっとしてるなと思って。Komenomaは、突き詰めていくと農家さんの利幅を少しでも上げることが目的なんですよね。利幅が少しでも上がれば、それだけモチベーションも上がるだろうと。

結果的に、モチベーション高く仕事ができる土地は、新しく農業をやろうと思う人たちにとっても魅力的だと思って。だから今後は、横根を新しく農家をやりたい人に選んでもらえる地域にもしたいです。おじいちゃんたちには「自分たちの代で田んぼを途絶えさせたくない」という想いがあるんですよね。その気持ちを大事にしたいし、現役を退いてからも次世代にアドバイスしながら過ごすのは、幸せだろうなと。そこを支えたい気持ちも活動の根本にあります。

渡邊:お米を通じて、横根の人と都市部、特に東京に住む人との関係づくりをする。それを、Komenomaの事業を通して目指す。東京に住んでいる人たちに横根を第2のふるさとにしてもらいたいです。

我々の年になると、なにかと同級生とかで集まって「なんかやろう」みたいな話になるわけです。そこに「みんなで田んぼ借りて米作ってみない?」「どうせなら魚沼産コシヒカリにしよう」と入れ込んでみる。田植え体験なんかができるようにして、とれた米はその人たちに行くようにする。農家にとっては手伝いが来てくれますし、「○○高校同窓会△△田んぼ」なんて貼ったら自分たちの田んぼに見えますよね。お米もオリジナルにデザインした米袋に入れて仲間で分けてもらう。例えばこんなストーリーと体験を持って、「よこね」というブランドを売ってみたいとも思っています。

60歳未満50歳以上の人で、私のように新しくトライする人に横根を推したい。大企業の早期退職者にも売り込みたいです。

ご自身が早期退職されたからこその想いがある。なるほど。

渡邊:そうですね。地方では「人に来てほしい」ってよく言うじゃないですか。でも自分が思うのは、簡単に行けるもんじゃないということ。都市部では憧れも込めて「半農半X」なんて言い方もあるけれど、それはファンタジー。実際には「Xにプラスアルファで農業」が現実です。しかもXの選択肢が極端に少ない。そう考えると飛び込めるのは若い独身の人か、定年前で経済的な条件をある程度クリアした人に結果的に絞られると思います。

高田:新規就農者を入れるにはまず、今ある横根米をいかにブランドとして発信するかです。「横根で作られたコシヒカリは抜群においしいんだよ」と知ってもらい、利幅を上げていく。その次は「これだけ利幅があるから新規で就農しませんか」と呼びかけていきたいです。

あとは、農家さんから買っているという点を大事にしたいですね。例えば定期購入の方には、つながりに価値を感じてくれるかなと思って、Komenomaの運営ではなく専属農家さんの名前でお米を送っています。それこそ、200以上の家族が定期購入してくれたら、横根米はもう売り切れるんですよ。そうすると新しい農家の人が、買ってくれる人たちのお米を作る。そうなれば「半農半X」じゃなくてもやっていけると思っていて。今のペースだと、達成できるのは5年後ぐらいかな。

横根米は本当に限られたお米なんですねぇ。

渡邊:山間部なので田んぼの面積が狭いこともあり、全体的なお米の量はそんなに多くないですね。

高田:問題を抱えている地域は他にもありますが、僕らは横根を1つのロールモデルにしたいんです。最終的には、農家さんと消費者が直接お米を売買するような流通モデルを作っていきたい。横根でそうなれたら、1歩踏み出してくれる農家さんや、その農家さんをまとめてくれる渡邊さんのような方が現れると確信しています。

渡邉さんが思う、komenomaの魅力はなんでしょうか?

渡邊:デザインキャット(※1)と横根という二者がちゃんとある点かもしれません。

組む相手が商社や卸売りだったら、自分はやらなかったかもしれない。B to Bでやるんだったら、新しいことを試みる余地がないので協力隊も私もいらないんです。あくまでも個人に売るのにこだわる点に魅力を感じますし、意義がある。

農産物のECサイトが多く存在する中で、Komenomaの特徴はどんなところですか。

 

高田:僕ら究極の目的が、お米を売ることではいところです。お米を売ることあくまで手段に過ぎず、地域にとって戦略資源であるお米を通じて何をやるか、といったことがこのプロジェクトの本質だと思っています。そのために、まずはお米を通じて地域を知ってもらい、常にその先にある将来を見据えた計画を立てています。

渡邊:扱っているお米は、“魚沼産コシヒカリ”というかなり良いポジションにあるブランド米です。B to Bならハケてなんぼ、すぐ「利益はどうだ」って話になるでしょ。でも、それで終わり。だけどKomenomaは、単にお米を売って稼ぐことを目的に置いていない。初めは「魚沼なんて米しかないじゃないか」と思っていましたが、“魚沼産コシヒカリ”が全国区で知られているだけでも、実はすごいことなんです。だからこそ、出来ることは多いように感じています。

Komenomaは時間をかけて作っていきたい

渡邊:そこでちょっと高田さんに聞いてみたいんだけど。このプロジェクトでは、自分たちの人件費出てないよね。そうするといずれ苦しくならない? それに、高田さんたちはいずれ他で就職するわけじゃない? どういうかたちを目指してるんだろうか。

高田:前提として、Komenomaは時間をかけて育てて活きたいサービスというのがデザインキャットのメンバーの総意です。そのため、僕らは企業に就職しながらも続けることが出来て、なおかつ地方へ価値を生み続けることが出来るような関わり方を目指しています。時間を掛ける中で新規の就農者だけじゃなく、メンバーの中からもKomenoma一本で食べていける人を生みだせたら幸せですよね。

渡邊:なかなかハードル高いね。例えば結婚して子供ができて、生活水準が上がっていくと人件費も膨らんでいく。そのとき、今想定している利益水準では足りなくなっちゃうんじゃない?

高田:確かにそうですね。ただ最終的には、地域のお米の配送は全て地域内だけで完結するようにして、僕らはそれをパッケージ化したモデルとして、さまざまな地区の農家さんにKomenomaという手法を広げたいと思っています。だからこそ、今後はパッケージデザインやコンセプトデザインなど、僕らが得意とする領域もしっかりと収益に繋げていきたいです。そうすれば、人件費も賄うことができるのではないかといった次第です。想像できていない大変な部分もあると思いますが、決して苦しくはないんじゃないかと感じています。

また、これは持論ですが、地方創生はスピード感こそ大切にしても、急いだらダメだと思っています。Komenomaで実現したい“お米の産地直送”の世界は、日本の原風景にあたる里山や森を作っていくように丁寧に時間をかけていきたい世界なんです。だからこそ、Komenomaで収益を上げることに集中してしまうと、今大事にしている農家さんの想いや、地域の誇りといった部分に対して背を向けなくてはならないジレンマに突き当たるのではないかと思います。そのため、今は就職は就職、KomenomaはKomenomaと分けて考えるようにしています。

他で就職しつつプロジェクトに関わるのは、新しいアイディアだと思います。

渡邊:それを中途半端だって言う人もいるかもしれないし、本業の仕事がやりづらくならないかなとも感じますが。でも、きちっと真面目にやってくれると僕はすごく楽しい。新しい企業人の在り方にも興味があるんですよ。それを高田さんたちには見せてほしい。高みの見物です(笑)。

地域おこし協力隊には期間があるんですか?

渡邊:最長で3年です。3年後にどうなってるかも考えるんですけど、1年前にまさかここに来てるとは思ってなかったので、先のことは分からないですね。でも、また出会いがあってしかるべき道を歩いていると思います。それだけは確信しています。

横根との出会いから始まったお二人の強い信頼関係。これまでのお米の買い方・売り方、さらには未来の農業のあり方にまで一石を投じるサービスのKomenomaですが、そこに関わる人の働き方まで変えてしまうかもしれません。これからの動向に、注目が集まります。

※1…株式会社デザインキャット



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