しまむらの新業態「寝具・インテリア館Zzz…と」 込める思いとは – livedoor

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 今年5月24日オープンした「しまむら 寝具・インテリア館Zzz…と(ずっと)」は、しまむらのホームファッションの新業態。「寝具・インテリア館」は、何の変哲もない店名だが、その後に続く「Zzz…」は、眠りの音の「Zzz…」と「ずっと」との双方の意味があり、「しまむらの寝具をずっと使ってもらえ、その後もずっと地元に愛される店になるように」という願いが込められている。擬声語を店名にしているのは極めて珍しく、横文字の店名が多いしまむらの業態だが、「寝具・インテリア館」といささか堅苦しい表現も意外だ。

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業態で異なる「多店舗化の度合い」

 同店は神戸市西区の「ディバロ神戸西店」を業態変更したもの。ディバロは、靴と服飾を中心にコーディネイト提案する新しいタイプの婦人靴専門店だ。2006年から店舗展開を開始したが、退店したケースもあり12年間で16店舗にとどまっており、残念ながら思い通りの展開になっていない。今回も不採算店舗の活性化として業態変更されたもので、苦戦ぶりがうかがえる。

 一方で、若者向けのカジュアル・シューズの「アベイル」は、1997年に1号店を出店し318店舗。2000年からスタートしたベビー・子供用品の「バースデイ」も274店舗と拡大しており、同社の成長を支えた。また、2000年には雑貨専門店「シャンブル」を開発、98店舗を展開している。

始まりは1953年、埼玉県小川町の呉服店

 全国に1419店舗展開する主力業態の「ファッションセンターしまむら」の歴史は半世紀余り前にさかのぼる。1953年、埼玉県小川町に創業者の島村恒俊が「島村呉服店」を法人化。戦後、着物から洋服への移行に対応し、当時、消費が急増していた既製服や生地も取り扱い、仕立ても行った。

 その4年後には、当時としては斬新な「商品回転率を基準に品揃えを考えるべきである」という理論に基づき、早くも総合衣料の量販店を志向しセルフ販売を採用する。

 61年には、2号店の「東松山店」を出店。チェーンストア理論を取り入れ、運営体制を仕入れと販売とに分離。商品を本部の集中仕入制とした。

 そして、高級ブティックではなく、デイリーファッションを取り扱い、人口10万人当たり1店舗、店舗規模を1000平米と1300平米に標準化、効率的なオペレーションで、多店舗化に乗り出した。

70年代に効率的なシステムを導入した!

 72年にはしまむらに社名変更。その後、商品管理を基本とした総合的な社内の電算化、チャーター契約による専用便の運行による物流の合理化、商品管理をデータベース化し、全店舗をオンラインで結び、POSシステムによる単品管理を行うなど、同社の強みとなる効率的なシステムを次々に導入していった。

 84年には50店舗となり、さらに出店スピードが加速、88年には100店舗に達した。この間、埼玉県川口市に物流センターを設け、店舗への夜間定時配送や、伝票仕入を廃止し納品検収業務を大幅に合理化するなど、『物流はしまむらに学べ』と言われる効率的な物流体制の礎を築いた。

 また、バーコード値札や、店長を除きパートタイマーだけで運営する「M社員制度」を導入、店舗業務の標準化と合理化も進めた。さらに、250店体制を視野に入れ、さいたま市に商品センターを建設、福島県に出店して東北へ事業を拡大した。91年には岡山県へ出店、中四国にも進出した結果、94年に300店舗に。97年には九州にも店舗網を拡大して、500店舗体制になった。

90年には藤原秀次郎氏が2代目の社長に

 90年には、藤原秀次郎が2代目の社長に就任、翌年には東証1部に上場した。島村秀次郎はその後15年社長を務めるが、しまむら発展に大きな役割を果した立役者である。

 2000年を迎えて700店舗、そして03年には1000店舗を達成する。海外にはグローバル展開に足掛かりとして98年に台湾に進出(現在46店舗)、12年には中国の上海に1号店をオープンした(現在11店舗)。ちなみに台湾の店名は「流行服飾館 思夢樂」、中国では「飾夢楽」だ。

目指すは10年後「3000店舗、売上高1兆円」

 こうしてしまむらの軌跡をたどると、効率的な物流と店舗運営が多店舗化を可能にし、仕入先とは「返品」「赤黒伝票」「追加値引」「未引取り」を4つの悪とし、完全買い取りで強固な信頼関係を築き上げた。そのために、商品が店舗に入荷してから売場から無くなるまで全店舗の売場の在庫管理をする「コントローラー」も大きな役絵を果たしている。

 10年後に、3000店舗、売上高1兆円を目指し、今後も出店を進めるしまむら。17年度は、ファッションセンターしまむら40店、アベイル12店舗、バースデイ23店舗、シャンブル3店舗、ディバロ5店舗で国内合計83店舗を出店したが、出店余地は年々狭められてきている。

 成長を担保するには、アベイルなどその他の業態にかかっているが、もはや急成長は難しい。今回は、(ファッションセンターしまむらの)ホームファッション売場をスピンアウトさせた新業態で新たなマーケットを開拓し成長を目指しているが、今後も新たな業態開発も予想され、出店スピード上がらないアジアでの事業もカギを握っている。

17年度は減収減益も効率的なインフラは今なお健在!

 トレンドをすばやく巧みに取り入れ、売り切りで売場の鮮度を保ちながら低価格で提供し需要を取り込んできた、しまむら。かつては人気モデル 益若つばさによって大ブレイクし、10代、20代の女性がしまむらの服を好んで着る「シマラー」という流行現象も生まれたが、近年はこうした目立った動きもなく、商品の絞り込みで品揃えのバラエティさに欠き、魅力が低下した。

 17年度は9期ぶりの減収減益となったが、物流、店舗オペレーション、商品管理、効率的なインフラは今なお健在だ。再び活力を取り戻すため、品揃えを拡充、地域対応もきめ細かく行い、来期は過去最高となる増収増益を目指す。

 次代に向けた戦略を描けるか。島村秀次郎は、かつて「経営者は新しいことに挑戦する覚悟ができるかどうか、それに尽きる」と述べている。今年2月には、野中正人社長が会長に就任、北島常好専務が昇格し13年ぶりに社長が交代した。新しい経営陣のもと、次の一手が注目される。





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